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朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

新宿のダイコクドラックに鉄人兵団はいない

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路面のチェーン店くらいの広さのフロアに客の姿はまばらで、どちらかと言えばガラリとした店内には、併設されたイベント会場からアイドルか何かの歌声が賑やかに聞こえてくる。

新宿で映画を観に行く前に立ち寄ったのは、映画館の向かいのビル最上階のダイコクドラックだった。ビルの外窓にでかでか貼られたポスターは、正確には、大黒药店なる見慣れない表記になっていた。

品揃えはむしろ充実していて、目当ての咳止めシロップもすぐに見つかるほど。ここ最近お世話になっているこの市販薬を手に取ったときに最初の違和感があった。空箱じゃないか。

他の薬もいくつか持ち上げて試してみるが、中身は入っていないようだ。本やDVDを買う際にはよくあるシステムだが、ドラックストアでは初めて。とは言え、こういうこともあるだろうと気を取り直す。

咳止めシロップの空箱を持ってレジに向かうと、床の矢印は二種類に分かれていた。いわく、「免税」と「それ以外」。それぞれ英語と中国語の翻訳付きで、レジのほとんどが免税。

ようやく気付いた。ここでは日本人である自分が少数派なのだ。いわゆる爆買いの需要を見込んで、観光客向けに展開されているのだろう。商品を空箱にしての効率化も納得できる。

そもそも、ビルの最上階にドラックストアがあるというのは、日本人相手の商売であれば不便だ。「免税」のレジでは観光客らしき中国人と中国人の店員が、中国語で会話をしていた。

レジの前に置かれているのは、大きめのスーツケースやキャリーバッグ。エレベーターを降りたときに、いきなり床が斜めになっていてコケたのは、詰め込んだ荷物の持ち運びをスムーズにするためか。

招かれざる客とまでは言わないが、おそらくあまり日本人をターゲットにしていないかも知れない。無人だった「それ以外」のレジにやって来た店員は、見習いとその指南役の二人とも、中国人だった。

対応はしっかりしていたし、気持ちのいい買い物だった。日本が観光先に選ばれるのはうれしいことだ。それでも自分の中に残る違和感の理由をしばらく考えあぐねて、はたと思いあたる。

鏡面世界みたいなのだ。これは、ドラえもん映画の名作、『のび太と鉄人兵団』(旧バージョン)に登場するひみつ道具の“逆世界入りこみ鏡”で出入りする、鏡の中のパラレルワールドである。

映画の中で、のび太たちは鏡の中の逆世界のスーパーに行き、確保した食料でバーベキューをして、鉄人兵団を迎え撃つ。逆世界は他の人間が存在しないから、何をしても自由、というわけだ。

逆世界とはいろいろ違うし、鉄人兵団もいないが、感覚はパラレルワールドに入りこんだのに近い。店内の商品はすべて日本語で表記されているが、そこに日本人は(店員すら)一人もいないのだ。

日本にある日本の店だから多数派で当然、という意識すらしていない前提が覆されたとき、人はうろたえる。もしかして、いつの間にか世界は、自分以外すべて入れ替わってしまったんじゃないか。

脳が混乱したまま、半ば逃げるように店を後にした。ちょっとした異次元世界の体験である。興味深い体験として総括しようとして、思い出したことがある。コンドームの買い忘れだ。