朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

毒気が抜けたと言われたことを好ましく思うなど

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研修で二泊三日の金沢旅行をしていたので、僕のソーシャルネットワークサービスアカウントはしばらくただの金沢美味いものbotだった。

 

 

 

かにしんじょう

誠一郎 朽木さん(@amanojerk)が投稿した写真 -

 

 

いちばの!すし!!!

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あわび飯!東京ただいまただいま〜〜〜

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旅情

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のどぐろ、うまぽよ〜〜〜

とはいえただの旅行ではなくみんなの経済新聞ネットワークの総会で、地域情報を発信するということについてあれこれ考える機会を頂いたんだけど、地域情報ってひと口に言っても都市と地方でもその属性や濃度がちがうんでなかなかむつかしい。

でも結局は読者にとって何が利益になるかの分析と対策が重要なのであって、取材力とか資金力とかで大手新聞には遠く及ばなくても、ウェブメディアのノウハウと機動力で何かしら社会に還元することはできるのではないかと思ったり。

 

akita.keizai.biz

shinagawa.keizai.biz

 

僕としては、こういうホッコリした特ダネを見つけ出したいよね、ってことで、品川経済新聞の記者のひとりとして品川区にまつわるあれこれがあれば教えてくださいませ。取材しに行きますので。

 

今回の個人的ハイライトはじつは別にあって、それは前職時代から僕を知っているとある先輩に「毒気が抜けた」としみじみ言われたことだ。毒気は抜かれるものじゃないのかみたいな編集者っぽいツッコミは禁止。

悪目立ちすることの多い前職を退職して以来、さまざまな会合に顔を出させていただく機会はむしろ増えて、その度に言われるのが「思ってたよりドヤってない」「なんでそんなに腰が低いの」「キライなタイプの人間だと思ってたけどそうでもない」。

自分で言うな、だけどまあホントによく言われるので。ネットのイメージとの乖離を目の当たりにするにつけ落ち込んだり反省したり。でも、お会いする相手に敬意を忘れたことはこれまで一度もないです。そもそも社会人二年目だから、なんでも勉強。

僕は自分では真っ当にやりたいというのと、ホンモノになりたいという気持ちは今も昔も一貫していると思っていて、じゃあ毒気が抜けたというのはどういう印象の変化だろうと検証してみるにあたり、やはりライター・編集者としては原義に戻ってみたい。

 

kotobank.jp

 

大辞林第三版によれば、毒気を抜かれるとは、

相手をやり込めようと勢い込んでいた人が,予想外の出方をされたために気勢をそがれ,おとなしくなる。どっきをぬかれる。

という意味で、つまり僕には“相手をやり込めようと勢い込んでいる”印象があったと解釈できる。

27歳新卒で、1000万近い奨学金を、クリエイターをして返済するってやっぱり不安で、野垂れ死ぬんじゃないかという強迫観念もあり、とにかく結果を出し続けなきゃいけないと思い詰めていたような気がする。

振り返ると、余裕がなかった。望み通り役がどんどん上がっても、自分が誇れない仕事の矢面に立つことが重なり、当時の人間関係もあいまってボロボロに消耗した頃、恩師に「そんなに生き急がなくてもいいんじゃないか」と言われて、今に至る。

当時、他人や自分を損なっても結果を出すのが正義だと思っていたけれど、同時に、結果を出しても何ひとつ改善されない不安に、自分の良心が強いアラートを出し続けていたような状況だったと思う。虚勢を張るいじめられっ子みたいなものだ。

思考の枠組みが制限されてしまった僕のような人間がもしいれば、理想と現実に乖離が生まれてしまい、それを埋める方法が見当もつかなくなったときは、全体を俯瞰できる信頼のおける誰かに相談をしてみるのをおすすめしたい。

僕はいま自信を持っていい仕事だと言える仕事をさせてもらっているし、自分や他人を損なわなくても、経歴や将来を不安に思うことはなくなった。思考をジャンプアップさせるきっかけは、意外と身近な場所にある。

 

こういう心境が印象の変化につながったなら、僕はその変化を好ましく思う。相手の毒気に当てられないようにフレキシブルでありつつ、まだあやふやな軸を固く重く、深くまで打ち立てるような毎日であればいい。それができる環境に心から感謝しながら。