朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

再現性のないものは引き継げないと思うので編集後記をします

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どーーーでもいいですよ(cv.だいたひかる

 

再現性のないものは教育できない、と思っている。

メディアを運営する企業に入社してこのかた、どちらかと言うとノンプロの書き手や未経験者にライティングとか編集とかの指導を、おこがましくもさせていただく立場にいる。さいきんはありがたくもschooさんやデジハリさんで講座を持たせていただいてもいる。少なくとも僕のような人間が教育するための努力を惜しんでどうするんだ。ということで、本来は神の御業にも似た編集・ライティングというものを誰にでもある程度できるように工夫したい。知恵の実の蛇のようなものだ。

クリエイティブの教育ってすごくむつかしい。

例えば上司がイケてるイケてないだけを押し付けると部下は混乱する。感性のみを判断基準にするのはリスクではありませんか。だってイケてるイケてないしか言わない人間はいつでもイケてるもので周囲を圧倒しなければいけないし、一度イケてないと切り捨てたものを自分がやってはいけない。イケてるイケてないを押し付けられた側はそれを判断基準にするし、それを基準に押し付けた側のことを判断する。イケてなければガッカリする。だから後進にはできるだけロジカルな判断基準を引き継ぐのがいいと思うのだ。

感性で語ってもわかってくれない相手はいる。それはいいとかわるいとかじゃなくて、そもそも相手を選ぶような手法を教育に用いることが上手くない。先のイケてるイケてないの例で言えばリスクもあるし、相手がわかってくれなければコストもかかる。教育というのを突き詰めればいかに再現性を持たせるか、ビジネスでもきっと同様で、再現性のないものはスケールしない。ただし、再現性のないものはイノベーションを引き起こすかもしれない。翻してはイノベーションは教育できないのかもしれない。

 

公式を作ったんです。文章の内容が薄い場合にどうすればいいかというような。

原稿の文字数 = 文章の骨格(文型) × 情報(6W2H) × レトリック

文章の内容が薄い場合、原稿の文字数は一定なので文章の骨格・情報・レトリックのどれかを調整するしかないことがわかる。いちばん省略しやすいのはレトリックで、それを追求したのが新聞のような文章……というように、詳細は下記記事を参照いただければと思いますが、公式化するというのは再現性を持たせることそのものだ。

liginc.co.jp

 

とあるメディアの編集長になってもうすぐいちねんになる。

露出の機会は激増したけど中身がぜんぜん追い付いていない。よりチャレンジングな環境に移動しないと僕も後進も成長できないし、いろいろと引き継ぐ時期が来たという気持ち。もしかしたら、メディアの成長を阻害しているのは他ならぬ僕かもしれないし。

そんな反省を踏まえて、これからしばらく編集・ライティングに再現性を持たせるようなアウトプットをおこなっていきたい。ということでここまでが前置きだけど編集後記をはじめます。

毎日の気付きを言語化する試みですので、同好の士におかれましてはどうぞお楽しみに。あと6000万人(適当)のインターネットユーザーのうちのほんの一部だ(10人いない)けど僕の部下はなるべく読んでほしい。

 

さいきんの芸人ではとにかく明るい安村がお気に入りです。