朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

僕は蚊帳の外からインターネットを見ていた

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アッ 戻って来た 黄泉の国から 戦士たちが 帰って来た

おっことぬしさま〜〜〜

 

ごぶさたしております、朽木(@amanojerk)です。ちょうど半年ほど放置していたのでそれはそれはいろいろあった。

 

 

目を覚まして10分でオフィスに駆け込める立地にあった上野のゴミ屋敷を引き払い、現在は中央線沿線に在住しているのもそう。

人間の生活をしている。

もう洗濯機を回す心の余裕がなくて毎日深夜3時の100円ローソンのガーゼみたいにペラッペラの下着を新しく買っては捨てるようなことはしていない。

なるべく誰かと会って話そうとして毎日あちこちに顔を出したりしていた。そうすると自分や自分の組織がどう見られているか、思われてるのかわかるのでおすすめです。

 

サイボウズ式の藤村編集長と対談する告知以来ぱたりと更新が間断していたけれど、そこでPAKUTASOのすしぱくさんと大川さんとお会いしてフリー素材モデルになった。

有限会社ノオト代表の宮脇さんといっしょにライター講座をさせていただいたり、schooとデジタルハリウッドでライティングの授業をしたりするようになった。

Yahoo!個人に参画できた。ニコニコ超会議に生出演した。他にも思い出はたくさんあるのでまとめている。ポートフォリオなので鼻に付くのはご容赦くださいませ。

 

matome.naver.jp

 

この半年間とにかく突っ走ってみて、たくさん得たし無くした。あんまり無くしたものについて思い悩まなかったのは何でだろうといま思い悩んでいる。

 

地方にはチャンスがなかった。僕は蚊帳の外からインターネットを見ていた。

インターネットの恩恵はすべからく与えられるべきもので、与える側に回ろうとすれば奇異の目に晒された。2011年頃、東京から電車で数時間ほど離れた田舎ではそうだった。

スマホのアプリは利用するけど、そのサービスを提供している会社でインターンをするという発想はそもそもない。

大学生のアルバイトは家庭教師かスーパーのレジ打ち、飲み屋のホールが主で、そもそもインターンなんて言葉をみんな知っていたのかな。でも僕はライターになりたかった。

 

あの頃の目標にはもう手が届いているんだろう。インターネットの中になんとか入ろうとしていたけれど、いまはフリー素材としてインターネットの一部になっているくらいだ。

でもまだまだ本物にはなれていない。ただちょっと書いたり話したりが達者に(見えるように、思われるように)なっただけじゃん。

“走りながら考える”は腰の重い僕には大切な行動指針だし成長もできた、でもそうして見ないようにしてきたことにもう一度、目をやるタイミングが来たのかも知れんね。

 

ひさしぶりに『時をかける少女』を観てちょっと泣いた。あとはこれが本物のクリエイティブだとして、僕もいつかこういうのを生み出せるんでしょうか。

 

 

賢しらにわずかな不運をみせびらかすものじゃないよな。未来で待ってる。