朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

医学部を卒業したのにウェブ制作会社に勤務しています

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さっき実家から医者とそれ以外の職種との40代における年収比較表が届いたけどおれめっちゃ元気。

これはもう戦争なんだと思うんよ。

 

さて、

医学部を卒業したのにウェブ制作会社に勤務しています。

などと自己紹介する機会自体さいきんはあまりなくてこれはとてもいい傾向なのではあるまいか。
こんないけ好かない挨拶に少なからず頼むところがあったのかと思うと恥ずかしい。

 編集者兼ライターの朽木です。案件によってはディレクターもします。

この過不足のなさを自分自身とても好ましく感じるのです。

 

とはいえ僕も今年で28歳とあればこの狭い業界では前職云々の話題がつきもので、やはり表題の件についてお話させていただく機会というのはまだまだありまして。

もったいない、とか、約束された道を捨ててまでなんで、とかのリアクションに遭遇するにつけ思うのは、人間の選択が必ずしも合理的であるわけではないということ。
特発性肺繊維症がどれほど辛く苦しい病気だろうと世界から喫煙者は消滅しないし、ホストに貢ぐ風俗嬢はこれからも身を削って稼いだお金を愛する男に注ぎ込むんだろう。

少し離れた場所からバカだなあと思われるだけで、それは個人の自由だ。少なくとも当人にはそうするだけの理由があって、それだけで絶対の正義なんて存在しないのだ。

 

僕について言えば、医者なんてオワコンだと思っている。

遠隔医療やロボット手術がもっと高度化すれば、医者の人数は必要最低限で事足りる。定期検診や人間ドッグがすべて自動化されたらもう医者なんて必要ない。
人と人とが心を通わすことこそ医療であり仁術だという倫理の教科書みたいな意見は、病院の待ち合い時間が長くて不愉快という患者のニーズを満たすことはない。

ここまではまあひどい暴論だけど、技術的特異点の話題なんかを目にすると、医者が必要なくなる世の中というのは可能性としてゼロじゃないとも思うのです。
それがもし患者の利益にもなり得るとして、医者は自分たちの既得権益を縮小する決断ができるだろうか。

医者の育成には税金がかかっていることも、医者が足りない地域があることもわかっているけど、そのことは僕を幸せにはしてくれないような気がする。
わりと苦労して入学したはずの医学部で、僕はそんなことを考えるようになった。

当時はじめたのがライターの仕事で、その縁でいまこうやってコンテンツマーケティングの世界にいる。 毎日がべんきょうです。

僕は自分が成果物の反響や売り上げによってわかりやすく評価されたりされなかったりするこの世界がとても気に入っている。
企画・営業・執筆・編集をこなすプロデューサーになりたいという将来のビジョンはあれど保証はないし、多少なりとも評価されつづけなければ生活もままならない。

そういうシビアさがいい。これが割の悪いデス・マーチなのだとしても、死んでるみたいに生きていたくないもんな。

 

クリエイターという職業の魅力はゼロから価値を生むことができるところだ。
僕なら頭の中にある言葉を文字にすることで対価を貰えるというのはアリストテレスもびっくりの奇跡だと思うのですがどうでしょう。

もしもこのまま技術が革新して、万病に効く夢の新薬が開発されて、医者なんて必要のない未来になっても。やがてオーバーテクノロジーの暴走で地球が崩壊して、紙もウェブもなくなっちゃったとしても。
ものをつくる人は創意工夫を凝らしたコンテンツを提供して、ずっと必要とされるんじゃないか。クラウド・アトラスに出てくる語り部みたいな。 

 

客観的に見ればぜんぜん合理的じゃないこんな理由だけど、僕は医学部を卒業したのにウェブ制作会社に勤務しています。