朽木誠一郎 の あまのじゃく日記

ごめんなさいと念のため

アタシに向かって中指立てる奴がいたら「I LOVE YOU」って言い返してやる、アタシはそういう奴

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ネットで見かけて名文だなって思ったんですけど、僕などはやはりその中指を優しくつかんでから精一杯の握力を込めて左右にねじり折りたくなっちゃうんじゃないかな、アタシはそういう奴。

気の向くままに中指を立てるようなロックなスタンスに憧れはあれど、誰かに対して"FUCK"の4文字を使うことは本来、とてもとても大きな覚悟がいることではないか。

Oh fuck me,  fuck me if you sincerely want to.

 

インターネットはラブとコメディーが大原則だと思っている。ユーザがハッピーになることがゴールであり、翻ってはコンテンツが誰かを傷つけたり、誰かに迷惑を掛けたりしたらそれが失敗だ。

尖ったコンテンツを目標にするクリエイターは掃いて捨てるほどおり、僕もまたそのうちのひとりでもある。でも、その切先で誰かに嫌な思いをさせる権利は本当は誰にもない。

ポジティブとネガティブの反応は本来は100対0を理想にするべきだ。現実にはそんなことが不可能だとしても、ネガティブを0にしようとする努力を欠かせば媒体やクライアントへの責任を背負って然るクリエイターの倫理にもとるだろう。

あとは自分の表現との天秤になるし、クリエイターとしては一方で賛否両論あり得るコンテンツを世に問いたいような場合ももちろんあるのだけれど、そういうのは当然どちらかのサイドで"Fuck you."って言われちゃうよね。

 

昨今はネットでずいぶん気軽に中指を立てることができる時代になった。

たとえば安易な尖り方の代表例、釣りや煽りの手法は不快に思うユーザも多いのか、コンテンツについて文句が言われるさまもあちこちで見かける。
これは釣ったりや煽ったりが自覚的なだけに論を待たずタチが悪いし、しかしその一方では、自覚的だからこそある意味でマシであるとも思うのだ。

比較の対象として問題なのは、コンテンツが与える影響に無自覚であることそのものに中指を立てられる場合だ。

たとえばコンテンツに差別表現が含まれていないか、他人の権利を侵害していないかどうかをチェックするのは、前述のネガティブを0にしようとする努力のひとつになる。
そういうことをしなかった結果として、図らずも誰かを怒らせるのは、無自覚なだけにそのあとがとても悲惨な結末になりがちだ。

 

わかってやったのだけれど、やっぱり怒られた。ごめんなさい。

わかってないからやってしまったのだけれど、予期せず怒られた。ごめんなさい。

  

どちらによりたくさんの中指が立てられるかと言えば、それは後者なのではないか。

わかってやったことにはそのような品性が下劣であることへの批判しかできない。叩けば叩くほど相手の狙い通り注目が集まることになるとわかっているので、ユーザも一定以上のアクションをしようとしない。
また、クリエイターは「わかっていた」と言い訳ができる。その姿は他のクリエイターだけでなく、ユーザにもひどく見苦しく受け取られるとは思うけれど、少なくとも後述する「わかっていなかった」ことの責任からは逃れられる。

一方、わかってないからやってしまったことは、それをわかっていなかったことの責任をひたすらに追求されるだろう。

「わかってなかったなんて、ありえない」「どうしてわかってなかったの」このタイプの批判には際限がない。そもそもあまり建設的な提言ではないし、ゴールがあってもそれが「わからせなければならない」になるからだ。
そうなると「わかったふりをしているのではないか」「まだまだ足りない」と無数の中指が立てられる。それが「もともと嫌いだったから」「みんなが叩いているから」のような悪意の対象にまでなるともう収集はつかない。

大義名分のもとに立てられる無数の中指で蜂の巣にされたコンテンツの横で、関係者が地に頭を擦り付け嵐が過ぎるまで謝り続けるしかないのだ。

 

だから、もう一度、ラブとコメディーを。

誰も傷つけない、傷つけさせないために、払うべき注意は事前に払っておくべきだ。賛否両論という言葉を言い訳に使うなら、それは甘えだろう。

それでもなお想定外の中指が立ってしまったら、真摯に謝る他はない。言い訳をせずに至らなかった点を見つめ直し、自分の成果物に対する責任を最後まで果たすべきだ。

 

幸いにも僕個人はまだソーシャルで大きな非難にさらされたことはない、と思ったらそういえば女性メディアで連載していた頃は日本の行く末を憂うタイプのアカウントからフェミキチとか精神薄弱とかさんざん言われたことはあったといま薄ぼんやり思い出した。

僕はもともと、一度でもソーシャルで自分をdisった人間はそのアイコンと名前と所属とプロフィールを記帳したデスノートを作成するような人間なんだけれども、結局、コンテンツの借りはコンテンツでしか返せないと思っている。

言い訳で自分を正当化するのも、ただ"Fuck you."と言い返すのも違う。より良質なコンテンツで、相手に自分を認めさせるのがいい。「つまんねえ」みたいなコメントがひとつもつかないようなコンテンツ、そういうのを目指さなくてどうすんの、と思う。

いや、まあ「つまんねえ」みたいにコメントされたらうるせえぞFUCK、とは思っているんだけどさ。それでも僕は、僕に向かって中指を立てる相手にも、すべて"I love you."と言ってあげようと思う。

そういう奴にアタシはなりたいのよ。